野人の起源



    
「おじいちゃんがやばいかもしれない」

そんな連絡を受けた僕は、調度その時期、学会だったのですが
自分の発表が終わると学会を途中で切り上げて、まず実家のある埼玉に
帰り、そこから両親を乗せて、じいさんの住む福井へ車で向かいました。

詳しい情報はわからないのですが、肺炎で入院して 生死の狭間をさま
よった
後、今度は肺がんかもしれないってなことになったらしいのです。

そんなわけで、僕は高校生以来8年振りの福井へ帰郷でした。

うちのじいさんは、とても元気な人でしたが、さすがに84歳ですし
肺炎の後は肺がんの疑い有り と、かなり状況はヘビーなようでした。

そして福井の片田舎について、さっそくじいさんを見舞いに行きました。

するとそこには、8年前からは想像もつかないくらい、痩せてしまった
じいさんが寝てました。しかしじいさんは

「明日退院することになった」

と言い出すのです。前立腺肥大かなんかも患いで尿道にパイプを入れて
そこから腰につけた専用のビニールの袋に尿を出している状態で。

肺炎で生死の狭間をさまよい、未だにパイプを付けられているのに本当
なのでしょうか?

本当でした。

翌日医者からGO!サインが出され、じいさんは、腰に尿袋をつけたまま
元気に退院したのでした。しかも肺がんの疑いも晴れ、今後は週一回通院
すればよいとのことでした。驚異の回復力です。

最悪の事態も予想して来ただけにかなりの肩透かしでした。でも良い方に
肩透かしだったのでOKでしょう。

しかもじいさんは朝病院から電話をかけてきて、

「今晩は街に出て、わしの全快祝いをしよう」

と言ってきたのです・・・ 自分で言い出すとは・・・

そして、昼に病院に迎えにいきました。この時じいさんは、既に病院の昼食
を食べていました。しかし僕等は食べていなかったので、食べに行くと
じいさんも先ほど昼食をとったばかりなのにしっかりと僕等と同じ量だけ
食べていました。この時はそばを食べていたのですが、
じいさんはおでんも追加していました・・・

そしてその後、かるくアイスクリームも食していました・・・
恐ろしい84歳(病み上がり)です。1時間前まで病院のベットに横たえ
ていた痩せこけたじいさん
はどこへいったのでしょうか?

さてその後、風呂に行きたいというので、スーパー銭湯みたいなところに
連れて行きました。じいさんは、腰に尿満載の袋をぶら下げているのに
いっこうに気にする風もなく、ずいずいと風呂場へ消えて行きました・・・

そして、医者は、風呂に入るときは

「尿袋はとって、パイプの先を洗濯バサミで留めれば風呂に入れる」 

と言っていたのですが軽く無視してパイプの先に尿袋を取りつけたまま
湯煙の人と化したのでした。さすがに尿袋は湯船の中に入れずに、湯船
の外に出していましたが、満杯になって溢れ出す湯船のお湯により、床
をプカプカとくらげのようにさまよう尿袋がとてもシュールでした・・・

さて、風呂も出たところで、じいさんは晩飯にしようと言い出しました。
先ほど昼飯を2回も食べたのに・・・
テレビチャンピョン大食い選手権シニアの部があれば確実に優勝でしょう。

さて、晩飯を食べに行ったのですがここでもじいさんはエビフライ定食の
他に、酒とから揚げを追加注文するという驚異の食欲を見せていました。

そして翌日・・・

朝、じいさんは入院中髪が伸びたし、ヒゲもそりたいから街の床屋へ
連れて行ってくれというもんで、連れて行きました。床屋が終わったら
迎えに行くから、ここに電話してくれ と僕の携帯番号を渡して床屋の
前で降ろしました。

店員の人から11時半くらいには終わると思うと言われたので、
11時半過ぎに電話がかかってくるだろうと予想してました。

しかし12時を過ぎても電話がかかってきません。昨日退院したばかり
ですし、昨日はだいぶ無理したようなのでどこかで倒れているかもしれ
ません。心配になり床屋へ見に行きました。

するとじいさんはとっくに出て行ったらしいのです・・・

そこで、僕等全員の頭にじいさんの居所としてある所が浮かびました。
ここは僕等一族の間ではかなり有名なスポットでした。

そして、街中のそのあるスポットを捜して廻った所、尿袋を腰につけた
じいさんがいました。

その場所とは

パチンコ屋でした。

じいさんは床屋が終わると逃走し、パチンコに興じていたのです。
これが退院翌日の84歳のじいさんのすることでしょうか?

しかも電話しなかったことなど全く悪びれていません。恐るべき根性の図
太さ
です。自称小心者の僕はある程度見習わなければなりません。

しょうがないので後で迎えに来るからと言い残しその場に、じいさんを残し
て家に帰ったのでした。そして家に帰り、ばあさんと一緒にちょいとドライ
ブして、頃合を見図りじいさんを迎えにいったのです。

するとさっきのパチンコ屋にいません。どこへいったのでしょうか?まさか
すれ違いでバスかタクシーで家に帰ってしまったのでしょうか?

近くのパチンコ屋にいました・・・

退院翌日に腰に尿袋をぶらさげパチンコ屋をはしごする84歳
他にこの世のどこに存在するのでしょうか?しかも人に心配かけてるなどとは
微塵も感じていません・・・ 凄過ぎます・・・

まーそんなわけで、このじいさんには驚かされっぱなしでした。
とここで話が終わると思いきやさらに強力なネタがこの日の夜、待ちうけて
いたのでした...


田舎の夜は早いです。じいさんばあさんは、7時くらいには寝てしまいます。
うちの親も田舎にくると9時くらいには床についてしまします。
僕は普段12時くらいに寝てるので、9時ではまだまだ眠くないので、居間で
テレビを見ていました。NHK、教育、民放2局と計4局しかありませんでし
たが、田舎の夜をひとりで潰すにはテレビくらいしかありませんでした・・・。

そして9時半くらいになったときだったでしょうか
じいさんの部屋からじいさんの寝言のような声が聞こえてきました。
じいさんは結構寝言を言う方なので、「あーまた言ってるわー」と思って流して
いました。

しかし!! その声は急にデカくなり、断末魔のような叫び声を挙げ出したの
です。そして、壁をガンガン叩いてわめいているのです!

これは、昨日退院したばかりですし、日中の無理がたたって、発作でも起こし
たと思い、居間からじいさんの部屋へ向けて飛び出しました。

すると向かいの部屋で寝ていた親父もびっくりしてじいさんの部屋へ向けて
飛び出してきました。

そこで親父はあまりに勢い良く飛び出してきすぎて、廊下で転んでしまい
キャプテン翼のように僕めがけてスライディングタックル
食らわしてきたのです・・・

大パニックです。しかし転んだのどーだの言っている場合ではありません。
じいさんが大変なことになっています。
二人で急いでじいさんの寝室に駆けつけました。

そして

「じいさん!大丈夫かー?どーしたー?」

と部屋のドアをあけてベットに寝てるじいさんの元へ行きました。

すると、じいさんは

「ふぇ?あっ? 泥棒に入られた夢見てたんじゃ」

と言ったのです・・・

そしてじいさんは、その泥棒を威嚇するためなのか格闘していたのか知りません
が大声を出して壁をバンバン叩いていたのです・・・

僕と親父は安堵感よりも全身を襲う虚脱感にすっぽり包まれて
ただただその場に呆然と立ち尽くしてしまいました・・・・

しかも、親父は母親を起こして部屋を飛び出して行ったのですが
母親が目を開けた瞬間にその目の前で親父は転んでしまい
それを見た母親は

「お父さんが撃たれた・・・」

と思って頭の中がパニックになっていたのです・・・

そんなバカな・・・
街灯一本ないような田舎の家に泥棒に入るのに誰が拳銃を使うでしょうか?
っていうかまず泥棒にこないでしょう。

と、まぁそんなかんじでドタバタ劇が繰り広げられたのですが
じいさんは、泥棒に入られて必死に抵抗した夢を見ておきながら
相変らず

家の玄関の鍵はあけっぱなし

で一人颯爽と夢の中の人となっていったのでした・・・

こんなじいさんを見て、とても張り合えたもんではないですが
僕はこのじいさんの血を受け継いでいるのかと思うと
すでに寝ているじいさんの寝言をBGMに
将来の自分はあーなるのか?と思い
一人ブルーな世界に染まっていたのでした・・・


そして翌日、朝早くに車で出発したのですが、
その時にじいさんとばあさんが庭まで見送りに出て来てくれました。

ところが車が庭を出るか出ないかって感じのところで
母がじいさんばあさんに別れを惜しんで手を振って
いたのですが、そのときじいさんはそんな母の心情を
察する風もなく、

尿袋に溜まった尿を庭に捨てることに熱中していて

母なんて全く見ていなかったのでした・・・

そんな最低な見送りを受けて一家は帰路に着いたのでした。
あの感じなら僕より長く生きるかもしれません・・・